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哲学 紀元前~

セネカ『人生の短さについて』感想。~『人生の短さについて 他2篇』より

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こんにちは、akoです。

最近ストア哲学にはまっています。

今回は、光文社古典新訳文庫の『人生の短さについて 他2篇』です。

この本には以下の3篇がおさめられています。

  • 人生の短さについて
  • 母ヘルウィアへのなぐさめ
  • 心の安定について

同様の書籍で『生の短さについて 他2篇』が岩波文庫からもでていますが、

内容は、以下の通りで、他2篇のうちの1篇が違うようです。

  • 生の短さについて
  • 心の平静について
  • 幸福な生について


光文社古典新訳文庫の3篇のうち、『人生の短さについて』について考えたことを書いてみます。

人生を浪費するなら人生は短い

われわれは、短い人生を授かったのではない。われわれが、人生を短くしているのだ。われわれは、人生に不足などしていない。われわれが、人生を浪費しているのだ。

『人生の短さについて』でセネカは、人生の過ごし方はどうあるべきかについて書いています。

この手紙を送った相手は、パウリヌスというという、ローマ帝国の食料管理官の仕事をしていた人でした。

とても責任の重い仕事です。

その仕事を辞めてください!と結構強めに説得しています^^。

こんな意味のありそうな仕事であれば、多忙であっても浪費にはならなさそうですが、そうでもないという点が意外でした。

セネカは、「多忙」は人間から有意義な時間を奪い、人生を浪費させ、短くしてしまうといっています。

一般的に、時間の浪費といえば、享楽的なこととか、お酒やギャンブルなどが思いつきますが、こんな公共性のある、重要な仕事であっても、多忙すぎると人生の浪費につながるのですね。

そして、セネカは「閑暇」な生活を勧めています。

そうなると、一生懸命働くことが浪費で、仕事を辞めてボーっとしているほうがいいのか?と捉えてしまいそうになりましたが、違いました。

自分の義務は果たすが、際限なくのめりこむようなことはしない。

状況が悪化すれば自分から仕事を離れ、閑暇な生活をする。

閑暇な生活とは、暇でダラダラした生活のことではなくて、自分自身と向き合って、自分が本来なすべきこと、自分のためになることをしている時間のこと。

どれくらい自分のために時間を使えているのか?なすべきことをしているのか?ということだと思いました。

現代の生活に置き換えると、仕事で束縛される時間はある程度仕方がないにしても、テレビや娯楽やネットなどに費やす時間を減らして、自分の時間を増やすことはできそうです。

よく、「今日が人生最後の日であるかのように生きよ」といわれます。

セネカもマルクス・アウレリウスも同じようなことを言っていました。

あたかも永遠の命を生きるかのように過ごすから、時間が瞬く間に過ぎ去っていく。

今すぐ生きよ、と。

とても考えさせられました。

 

まとめ

『人生の短さについて』は、人生を浪費している人々の例がたくさんでてきます。

逆に良い例があまりないのですが^^;、当時のローマ社会を考えると仕方がないのかもしれません。

(当時のローマ社会については詳しい解説があります。)

現代でも、忙しく毎日が過ぎてしまうというのは、ふつうにあることだと思います。

そんな中でも、自分に返る時間をとることはとても大事だと思わされました。

とても読みやすい本です。

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