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紀元前~ 聖書・宗教

『荘子 全現代語訳(上)』 (講談社学術文庫)の感想。

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荘子

こんにちは、akoです。

今回は、講談社学術文庫の『荘子』 全現代語訳(上)を読みました。

『荘子』は道家の思想が書かれた書物です。

道家の思想が盛り込まれた書物には、『老子』『荘子』『淮南子』があり、テキストとしての成書がもっとも早かったのは『老子』で戦国末期~前漢初期。

しかし『荘子』の一部は、もっと早い戦国後期(紀元前300年頃)から書かれていたそうです。

どうして『荘子』を手にとったかというと、これまで読んだ本で『老子』『荘子』の引用が多々あったことと、「万物はもとより一体」という道家の思想に興味をもったからです。

しかし、『荘子』はそれほど単純ではなく、思想もいろいろ、著者もいろいろらしく、ひとことでは言い表せない本でした^^;。

思想や著者がいろいろとはいえ、中心となっている思想がやはりあって、それは内篇の最初の2つ「逍遙遊」と「万物斉同」です。

どちらも個人的にはとても難しいです^^;

でも、俗世間にもまれて生きる私たちにとって、一歩も二歩もひいたところから自分を見る機会を与えてくれる考えだなと思いました。

ここまで超越できれば、大方の悩みも消えていく気がします。簡単ではありませんが^^;

「逍遙遊」と「万物斉同」に加えて、個人的に好きなのは、外篇にある「胠篋(きょきょう)」です。

胠篋篇は、
「同時代の儒家の唱える「仁義」や「聖知」を非難し、それらを棄て去ることを通じて、昔の「至徳」が実現していた理想社会に戻ろうと、訴えかけた文章」
なのだそうです。

天下の人々はみな、自分のまだ知らないことを外に向かって求めるのみで、自分のすでに知っているはずの本来の知恵を内に向かって求めようとはしない。また誰もみな、自分の善くないと思うものを他に対して非難するのみで、自分の今まで善いと思っていたものを自ら反省して否定しようとはしない。後略

儒家の「仁義」というのがどういうものかわかりませんが、余計な教え(儒家の教え)を必死になって習得するから、かえってみんな混乱してるんだ、といってちょっと怒ってるともいえる胠篋篇にある文章です。

自分に置き換えて考えると、読書を通じて色々な知識を得たいと考えているあたり、「外に向かって求めている」のかなぁと考えてしまいました。

でも、「自分の今まで善いと思っていたものを自ら反省」するには、知識がないとできないので、やっぱり読書は必要!と思いました。

今のところは。。。

 

 

また、大きな特色だなと感じたのが、この本はいろいろな人が携わっているため、一人の人間が書いた書物のように、思想がきちっと一貫しているわけではない点です。

なんとなく聖書みたいだなと思いました。

聖書のように、一冊の『荘子』に仕上がるまで過程があり、著者編者もいろいろいるようです。

なので、思想もだんだん変化していきます。

政治色を帯びてきたり、孔子と対抗してみたり。

途中で、「は?」とびっくりするくらい異色の思想がでてきたりして、それはそれで面白かったです。^^

そのへんについては、解説がとても詳しいので、ちゃんと理解できました。

さいごに

この本は、「全現代語訳」というだけあって、現代語訳が中心で、あとは原文、解説からなっています。

原文はたぶんほとんどの方は読まないと思われるので、ほぼ現代語訳と解説の本です。

なので、とてもわかりやすい!

思想の変化などの解説も詳しいので、私のように初めての方でも、迷子にならずに読めると思います。

荘子の世界を味わってみてください。

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